カテゴリー: 舟出の旅

  • 国立大学附属小学校 受験大作戦②

    国立大学附属小学校 受験大作戦②


    初めての挑戦。うまくできなかったけれど、最後まで逃げずにやり遂げた娘。
    その背中に、かつての自分の姿が重なった。
    悔しさのあとに見せた、小さな「楽しかった」の頷きが、心に残った一日。


    2025年6月22日。
    今日は娘とともに、初めての小学校受験に向けた講習会へ参加した。
    向かったのは、横浜・元町にある理英会。
    受験を見据えて足を運ぶのは、これが初めてだった。


    ■ 朝の出発と移動

    8時半、上大岡の自宅を出発し、駅前のドトールで軽く朝食。
    京急線に乗り、横浜駅で根岸線に乗り換えて石川町駅へ。
    そこから歩いて、理英会元町校へ。到着は10時40分頃だった。

    中に入る前、後ろから別の子が来たので、
    「お、お友達が来たよ」と声をかけると、
    娘は「おともだちじゃないよ」と少し強めに返してきた。
    慣れない場所、慣れない人たち。緊張の色が濃く出ていた。

    教室に入ると、娘はぴたりとくっついて離れず、先生に引かれるようにして着席した。


    ■ 講習会の内容

    子どもたちは、ペーパー・集団行動・面接の三つの課題に取り組んだ。
    親は別室で説明を受け、集団行動や面接の時間にはその様子を観察した。

    娘にとっては、まさに「初めて尽くし」の時間。
    緊張のせいか、ペーパーではほとんど取り組めなかったらしく、
    先生からは「気が乗らず、まったく手をつけませんでした」とのこと。

    次に始まった集団行動。
    子どもたちは背中に青・黄・緑のシールを貼り、お互いのシールを確認し合いながら、
    色ごとのチームで並んで動くゲームがスタートした。

    「あおのシールだよ」と教えてくれる子に対し、
    娘は「(なに、この人…)」という表情で引き気味だった。
    「ありがとう」も言えず、驚きと戸惑いが顔に出ていた。

    その後、色の積み木を拾って輪の中に置き、スキップで戻ってタッチするゲームへ。
    順番が回ってきても前に進めず、先生が手を取りながら前進。
    積み木を拾い、輪の中に置き、戻ってきて、そっとタッチ。

    ——精いっぱいだったと思う。緊張しきっていた。

    面接では、質問にほとんど答えられなかった。
    「お名前は?」……無言。
    「好きな遊びは?」……無言。
    「どこから来ましたか?」……無言。
    「誰と来ましたか?」……ようやく小さくコクンと頷いた。

    1分ほどの講評では、
    「今日はなかなか、できませんでしたね」
    と柔らかく伝えられた。予想はしていた。

    でも、それでも——最後まで逃げなかった。


    ■ 講習直後の余韻

    終了後、外に出ると娘が言った。

    「おかあさんは?」
    「横浜だよ。駅まで歩いて向かおうか?」
    「抱っこ!」
    「がんばって駅まで歩いて、それから抱っこしよう」
    「うん」

    途中、しゃがんで「ほら、あれが石川町駅の看板だよ。見える?」と尋ねると、
    「見えない」と答えたあとに、「くやしかった?」と聞くと——

    ……じんわり、涙がにじんだ。

    誰かに怒られたわけじゃない。
    でも「自分の中でできなかった」と悔しさを感じたのだと思う。

    その涙は、きっと娘にとっての最初の“本気の印”。
    うまくやりたかった。頑張りたかった。
    ——それがかなわなかったことを、ちゃんと分かっていた。


    ■ 昼食と注文

    その後、横浜駅の丸井8Fへ移動し、ポケモン展を目指したが整理券が必要で断念。
    ランチを取ろうと妻と合流し、8Fをさまよってようやく和食屋へ。
    20分ほど並んでようやく入店。

    「注文、してみる?」と聞くと、
    「うん!」と力強くうなずいた。

    「茶碗蒸しと刺身と、定食2つね。覚えた?」
    「うん、茶碗蒸し!刺身!」
    「すみませーん!」
    娘「茶碗蒸し!刺身!……!」

    しっかり伝えられた。忘れたところは聞きながら。
    いつもは恥ずかしくて黙ってしまう娘が、今日は初めて自分で注文をやりきった

    ——朝の涙とは違う、「小さな成長」が、ここにあった。


    ■ 帰路と心の芽

    帰り道、妻が娘に聞いた。

    「楽しかった?」

    私は、無反応かと思った。
    でも、娘は小さく——「こくん」と頷いた。

    あれで「楽しかった」と思えるのか。
    正直、驚いた。

    うまくいかなかった。悔しかった。涙も出た。
    でも、娘の中では「がんばった」「知らない世界を知った」「一歩進んだ」。
    そんな体験が混ざり合って、「楽しかった」の一言になったのかもしれない。


    ■ 最後に

    思えば、年少の運動会では、スタートラインで泣いてしまい、ゴールできなかった娘が、
    年中のマラソン大会では、男子を押さえてクラスで1位を取った。

    不器用だけど、負けず嫌いで、地道に力をつけていくタイプだ。

    今回の涙も、注文も、あの「こくん」も、
    きっと、その延長線上にある成長の軌跡のひとつ。

    帰り道、京急百貨店でお土産を買って、妻は静岡へと戻った。

    娘の中で、ほんの少し何かが変わった一日だったと思う。
    お疲れさま。
    よくがんばったね。

  • 国立大学附属小学校 受験大作戦①

    【序】

    転職で横浜に来て、生活も少しずつ落ち着いてきた。新しい職場にも慣れ、次に考えるのはやはり家族のことだった。

    来年4月には、子どもたちが横浜にやってくる予定だ。

    どんな環境で迎えればよいのか。

    まだ家族との住まいすら決まっていない。

    通勤路線の見通しは立ったが、その先の住環境は利便性重視で探していた。

    ところが、ふとしたきっかけで、子どもの将来について思いを巡らせた。

    大学受験の頃を想像したのだと思う。

    そこから逆算するようにして考えが始まった。

    「小学校はどうだろう?」

    私立は費用が高く、現実的には難しい。しかし、国立大学附属小学校なら、自由でのびのびとした教育環境が整っており、何より自宅から通える範囲にその選択肢がある。

    調べてみると、横浜国立大学教育学部附属横浜小学校と附属鎌倉小学校があるではないか。

    思い返せば、静岡在住時にも中学校からの国立(静岡大学附属島田中学校)受験を常に意識していた。その流れが、今回「小学校」にまで自然に延びただけの話なのだ。

    【情報収集と塾通いの開始】

    まずはインターネットで情報を集め、妻と相談を重ねた。すると、少しずつその受験が現実味を帯びてきた。

    地元の進学塾「希動学園」にも体験入塾を経て、週1回のコースで通い始めた。娘にとっては楽しい経験だったようだ。新鮮味が落ち着くと、それもやがて「日常」になっていったようだったが、続けて通っている。

    【想定外のハードル】

    情報をさらに読み込んでいくうちに、ひとつ大きな壁が判明した。

    横浜国立大学附属横浜小学校では、出願時(9月)に学区内での住民票と居住実態が必要とのことだったのだ。

    この条件は、今の我々にとっては非常に厳しい。念のため学校にも確認したが、やはりその通りだった。

    妻に「9月までに引っ越せるか」と打診したが、彼女は「今年はPTAの役員を引き受けたから…」と。

    そうだった、私たちの感謝の気持ちで、こちらから申し出て引き受けた役職だった。それなら、無理をさせるわけにもいかない。9月までの転居は現実的ではなかった。

    【理英会フェアでの出会い】

    半ばあきらめかけた中、理英会の受験フェアに一人で参加した。

    横浜小の説明が終わったあと、多くの保護者が帰っていく中で、私はなぜかそのまま席に残り、なんとなく鎌倉小の説明も聞いてみようと思った。

    すると、そこで思わぬ朗報が――

    鎌倉小では「3月までの引っ越しであれば問題ない」という。

    これは我が家にとって、希望の光だった。

    すぐに鎌倉から桜木町やみなとみらいへの通勤時間を調べると、思っていた以上に近い。十分に通勤圏内だ。

    【新たな展望】

    ならば、鎌倉に住み、娘が徒歩で通える生活を目指すのも良いのではないか。

    横浜小は条件を満たせないかもしれないが、願書だけは提出してチャレンジする価値はある。

    国立小学校受験に関する書籍も複数購入し、受験準備を本格化させていくことにした。

    娘の成長を願って、今できることをひとつずつ――。

    <この記事のポイント>

    ・横浜国大附属小学校は「9月出願時の住民票移動」が出願条件

    ・鎌倉校は「3月までの転居」でOKだった(理英会フェアで確認)

    ・横浜勤務、静岡家族という前提で、鎌倉への転居を検討中

    ・願書は横浜校にも提出予定(条件不利でも挑戦)

    ・対策は希動学園+書籍購入+理英会単科講習会で進行中