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  • 新聞奨学生① 朝は戦い|吉祥寺、二十歳

    新聞奨学生① 朝は戦い|吉祥寺、二十歳

    【1章:配達は戦い】

    成蹊大学に通いながら、吉祥寺の新聞販売店で新聞奨学生として過ごした日々。
    原付、雪、酔っ払い、怒号──誰よりも早く街を走っていたあの冬を、今振り返る。午前3時。まだ誰も動かない街を、原付で走っていた。

    原付のセルを押すと、冷えきったエンジンが震えながら目を覚ます。午前3時。ほかの学生が眠りの中にいる時間、俺たちはもう一日の始まりだ。

    初めて原付に乗った日、胸が高鳴った。

    学科、実技を経て免許を取得し、何にも自信なかった自分が、何者かになれた気がした。風を切って走るだけで、自分の中に熱いものが灯った。それだけでも、吉祥寺に来た意味があったと思えた。

    雨の中、カッパを着て配達。夏でも汗と蒸気で体がぐっしょりとなる。寒い日は、顔がこわばる。そのたびに思い出すのは、高校時代のラグビー部だ。土砂降りのグラウンドで泥だらけでボールを追いかけていた日々。雷のなる中走り回ったあの時よりマシだなと、思い走ってた。そして、中間地点で赤いマルボロを吸い、缶コーヒー(ジョージアエメラルドブレンド)を飲み休憩だ。

    酔っ払いが道端で倒れていた朝もあった。正義感から咄嗟に販売店まで戻り、五日市街道を挟んで向かいの消防署に駆け込み、「人が倒れてます!」と伝えた。そして緊急招集がかかり、手すりで下ってきた職員が、「はぁ。」と眠そうで不愛想な対応にカチンと来て、「何その態度?」と詰め寄ったら、消防署の職員が胸ぐらを掴んできた。上役の方がとりなしてくれた。その後、救急車を原付で船頭して、現場へ案内した。こんなことあるのか。と気分は高揚していたと思う。

    また、大雪が降ったあの朝、販売所は妙にふわふわとした雰囲気。これ配るんのかよって皆が思いながら、ただ中止にはならないらしい。興奮もあったように思う。原付で走れんの?と思いながら配達が始まった。やはり走らん。進まねぇ。新聞がカゴに詰まった原付を脇で手押ししながら、進んでいく。途方もなく、果てしない道のりに思えた。ただ、面白さもあった。なんじゃこれ。配達の終盤、配達先に着いた頃には、もう10時を回っていた。最後の方の家の方が門の前で、「遅いよ!何やってんだよ!」と怒号。謝りながら思った。「これ、普通の大学生はやってないぜ」って。だが、これが世間、これが仕事かと痛感した。

    別の日、不着があったため、自転車で配達していたところ、交差道路から一旦停止せずに歩道に入ってきた車に接触し、自転車のタイヤが変形したこともあった。ブチ切れそうになりながら起き上がり、先方の車で配達先まで送迎してもらい、自転車の修理代も支払ってもらった。

    新聞奨学生の朝は、戦いだった。

    でもその戦いは、確かに俺を鍛えてくれていた。